Complete text -- "じゃあ給油しないで、なにができるのか、何もできないのか"

14 December

じゃあ給油しないで、なにができるのか、何もできないのか

アフガニスタンへの日本の貢献について、コメント欄で盛り上がっています。

さて、日本はないができるのか、現状では何もできないのか。

その前に、まず私の現状の認識です。

アフガニスタンでは、爆弾テロが頻繁に起きています。民主的に選ばれた閣僚の暗殺、暗殺未遂も日常です。アメリカ軍はテロ組織の掃討に動いていています。人々の生活は、平常に戻りつつありますが、アメリカ軍の軍事活動(テロ掃討活動、治安維持活動)によって、制限を受けることもあります。

ニュースで知る感じでは、こんな程度です。

まずここの認識がどうも質問された無名人さんとは違う。アメリカ軍の軍事行動は、アフガニスタンの人々(武器を持たない普通の人々のことだと思いますが)に幸せをもたらさない。弊害の方が大きい。アメリカ軍は軍事行動すべきでないというご意見をいただきました。

どうもこの点が私の認識と違う。

次に日本はなにができるのかという点ですが、

憲法は戦時の軍事行動を禁止している。

この点は一致しています。ですから現状では、自衛隊は軍事行動はできない。平和活動のみ、という点では一致。

給油はアメリカ軍を支援している。

この点も一致。しかしその肝心のアメリカ軍が、アフガニスタンの国民を不幸にしているか平和をもたらそうとしているのか、という点で一致していませんので、この給油活動の正当性への認識が異なります。アメリカ軍を支援は許されない、また憲法の規定により、自衛隊は今のところ動けない、だから自衛隊はほとんど何もできない、何もしないほうが良い、個人が自己責任の下、人道支援をするべきだ、という意見をいただきました。

これは民主党の大勢(社会党系?)に近い意見かもしれません。

さて私の意見表明をせよ、論理的に説明せよ、ということですので、少しまとめて書いておきます。


まず私は思考方法が無名人さんと決定的に違います。

まず最初に目標を決めるわけです。今回の場合は、日本はアフガニスタンの平和のために何をするのか、できるのか、ということです。極端な事を言ってしまうと、何もしない、できない、という結論を排除してしまいます。そこからスタートします。

その前提で、何ができるのかを徹底的に思考します。

アメリカ軍の活動は、フツーの人々にとっても弊害はあるが、それよりも大事なのは、平和維持、テロをしている人を捕まえること、武装解除が重要だ。アフガニスタンのフツーの人々の幸せを考える(これは究極的目標ですが)前に、平和維持を目標にしています。まず武器のない、に途上的に武器が使われることのない社会を作る、そこが目標になります。アメリカ軍の活動は、弊害はゼロではないが、平和へのプラスの効果の方が大きい、と考えています。

いっぽうで、日本の自衛隊の軍事活動は憲法で禁止されている。また国民の心情的にも、日本人の死傷者は出さない、というリスクゼロの論理が一般的だ。つまり現状では現地での軍事行動はできない。平和状態になれば胸を張って、平和活動、人道支援はできる。

アメリカ軍を支援するには、現状では、給油活動が考えられる。安全な領域での支援というのは、今のところ他に思いつかない。

それ以外に、戦争を経験し、平和憲法を作って、何とか発展してきた日本人の平和に対する心情というものを理解してもらう、つまり平和あっての発展、平和あっての幸せなのだということを、アフガニスタンの人々に直接知らしめる、そんな方策もあるのではないか、と思っています。平和を愛し、テロを憎む、あるいは公正な選挙を支持する。そういった、教育もありうるのではないか。あるいは、もっと平和な状態になれば、農業工業の技術、日常生活に必要な技術というものを伝えることができる、民間の人々が、人道支援にというか国造りに、喜んでいけるようなそういう状態を作ってください、と宣伝してもいいかもしれません。こういったことを、例えばテレビで、あるいはイスラム指導者を介した集会で、フツーの人々にも理解してもらう、国造りに協力してもらう、そういう宣伝、教育が必要に思います。

素人考えでなかなかアイデアが浮かびませんが、
軍事行動を支援する一方で、なぜ軍事行動を支援するのか、という理由を、アフガニスタンのフツーの人々に理解してもらう必要がある、フツーの人々に国造りの目標を持ってもらう、ということが必要に思います。

日本の考え方、行動の理由を、徹底的に説明する、すべての人に知らしめることが必要に思います。きめ細かい丁寧な作業です。これも日本人が得意とすることでしょう。

日本の内政と同じ手法です。

今考えつくのはこんなところでしょうか。
22:00:00 | biolohas-jp | |
Comments

無名人 wrote:

こんばんは

>まず私は思考方法が無名人さんと決定的に違います。

? 本当に断定できますか?

>まず最初に目標を決めるわけです。今回の場合は、日本はアフガニスタンの平和のために何をするのか、できるのか、ということです。

いいえ、ロハスさん、私は、「アフガニスタンの平和のために何をするのか、できるのか」という目標設定のもとに発言をしていますよ。あなたの好きなもう一つのトピックス、「未来生活(低炭素社会へのシナリオ、持続性、etc)」と同様ですよ。

そして、その視点からの提案もしました。そのこと自体は、あなたの考えていることとそれほど大きく食い違わないのではないですか?

>極端な事を言ってしまうと、何もしない、できない、という結論を排除してしまいます。そこからスタートします。

この部分は、どうしてそうなるのかわかりませんが?

かりに、給油するかしないかを基準にした場合、給油するよりは、何もしないという選択肢の方がまだましではないかと述べたつもりです。

そして「給油するかしないか」を基準にするならば、給油すること(=米軍の活動に協力すること)の意味を深く考えて欲しいとも申し上げました。

一つの認識の違いの例として:

>アメリカ軍の活動は、フツーの人々にとっても弊害はあるが、それよりも大事なのは、平和維持、テロをしている人を捕まえること、武装解除が重要だ。

武装解除は極めて重要で、私も賛成です。

しかし、現地での実際の状況はもっと複雑です。既に日本も国際社会の一員として、現地の武装解除に参加し一定の成果を挙げたとされていましたが、その後は再び、再武装が進んでいます。その背景にあるのは、米軍の活動、それをもとにした米国の統治政策の過ちであるという評価があります。

米軍は最初、各地の軍閥と様々な取引を行いその力を統治を利用しようとしたために、武力が温存され、武装解除に反する矛盾した統治政策になっていること。さらに、アフガン国内における、米軍の存在そのものが、タリバン(テロ行為)の復活の強い動機となっていることが挙げられます。

さらに、アフガン国内における(イラクも同様ですが)米軍による誤爆、誤射、見なし攻撃による、民間人の被害が、近代民主社会において、容認できるレベルをはるかに超えていることがありますね。

米軍の存在によって、アフガニスタンでは、命がはるかに危険にさらされるようになったと言える部分があるわけです(私は、全か無かで判断しているわけではないですよ)。

ですから、

紛争解決の手段としての武力行使の放棄・集団自衛権の否定、

内外における米軍の活動の肯定と日本国憲法の関係

日本国憲法を遵守すべき立場、もしくは改定の必要性の認識、

などの問題を、国際社会から見て、言行一致した形で(すなわち論理的に)示して解決していかないと、政治理念・外交政策などに関しては、日本人と日本という国に対する信頼は得られにくいように思います。如何でしょう。

>日本の考え方、行動の理由を、徹底的に説明する、すべての人に知らしめることが必要に思います。きめ細かい丁寧な作業です。これも日本人が得意とすることでしょう。

国際社会から見れば、少なくともその非論理性ゆえに日本の外交態度は、(例えば今回の話題などに関しては)アフガニスタン国民にではなく、アメリカの国策に利用されているだけとも言えます。日本政府の発言、日本の政治家の発言などが、BBCなどでどのように引用・評価されているかに注意すると面白いですよ。
12/15/07 01:55:20

biolohas-jp wrote:

いいニュースです。

朝日新聞によりますと、民主党が対案を出すようです。

給油はせずに、人道援助を行うという案のようです。国民にとって、選択肢が増えたことになります。うまくまとまるといいのですが。
12/21/07 09:43:22

biolohas-jp wrote:

結局は再可決してしまいました。

しかも給油以外は行えない法律のようです。

しかし幸いにも民主党案も出ましたので、次の選挙の投票の際の、判断材料の一つになるでしょう。

すぐにできる給油をメインに考えるか、停戦後の人道支援を重視するか。投票で選べることになります。
01/14/08 15:47:14

biolohas-jp wrote:

ペシャワール会のボランティアの方が、タリバンに人質に取られ、銃撃戦の末、射殺されたようです。

人道援助の前には、まず安全の保証が必要に思います。

人道援助は、安全と平和な体制を作ってから(これにも日本は関われると思いますが)、つまりリスクをほとんどゼロにしてから、人を送り込む。それまでは比較的安全な海上給油、これが、日本人の選択だと思います。
08/28/08 13:40:39

無名人 wrote:

久しぶりに覗いてみたら、新しいコメントがありましたので、私もコメントさせて頂きます。

>人道援助は、安全と平和な体制を作ってから(これにも日本は関われると思いますが)、つまりリスクをほとんどゼロにしてから、人を送り込む。それまでは比較的安全な海上給油、これが、日本人の選択だと思います。

これは、貴方個人の選択としてはもちろん異論はないのですが、 「日本人の選択」という枠組みで考えることには違和感を覚えます。

貴い犠牲になられた伊藤さんは、日本人としてあるいは日本人としての責任を感じてではなく、むしろ一個人、一人間として現地のNGO活動に参加されていたのではないでしょうか。

繰り返しになるかもしれませんが、アフガニスタン現地の人達の平和な生活にとっては、米軍やISAFの軍事活動よりは、ペシャワル会をはじめとするさまざまな国々の人達によってなされる、現地の人達の生活支援のためのNGO活動の方がよほど役に立っているという側面もあるのです。そしてそのようなNGO活動は、国籍を超えて誰かがやらねばならぬものかもしれないのです。

もちろんこのようなNGO活動には高いリスクが伴いますが、それは個人が職業選択として自らの意志のもとに、自衛隊員、警察官、や海難救助隊員を選んだりすることと何ら変わりはないように思います。

私は、むしろ伊藤さんの死に対する父、正之さんのコメント(以下に引用)を尊重したいと思います。

「和也はあそこで幸せでした。本望だと思っています。」

(AERA9月15日号13頁より)

バイオロハスさん、今一度、海上給油とNGO活動の持つそれぞれの意味を考えてみてください。
09/14/08 23:20:09

無名人 wrote:

先のコメントの最後の一行を以下のように訂正しておきます。

バイオロハスさん、今一度、国家と個人、海上給油とNGO活動などの言葉の持つそれぞれの意味を考えてみたら如何でしょう。

PS. 私は、特にバイオロハスさんを攻撃的に批判しようと思っているわけではないので誤解なさらないように。バイオロハスさんが言われる「ライフスタイルをシフトする」なんていうのは結構気に入っていますよ。
09/15/08 08:53:01

biolohas-jp wrote:

コメントありがとうございます。

私も現実に一人の方がなくなって、それでまた何度も思い返して考え続けているのですが、やっぱり彼が死なないですむ方法はなかったのかな、どうだろうか、と考え続けています。

やはりペシャワール会が縮小を検討しているときに、ここは一時撤退、しかしまた帰ってくるよ、つまり生きていれば、何度もチャンスはありわけですから、そういう判断もありえたのかな、とは思っています。例えば自衛官であっても、民間の人であっても、がんばっている人を殺させない方法ですね、そんな決断、リスクゼロといいますか、限りなくゼロに近いリスクの中で、意志のある人に自由に動いて働いてもらう、そういうことがあっていいのではないか、と思っています。

彼はやっぱりアフガニスタンでないとだめだったのかなーなんてことも考えます。他にも比較的安全で、困っている国はたくさんありますから。

それが例えば海上給油をやめれば、リスクがゼロに近づくのかどうか、そんなことも考えています。

結論はありませんが。
09/15/08 22:10:23

無名人 wrote:

私は、伊藤さんの不幸と最近、エチオピアで誘拐された日本人女性医師とオランダ人男性看護師の問題を似たような、今後も何処かで起こりうる問題と捉えています。

不幸に会われた個人の方々には本当に同情いたしますが、政策として考えた場合に本質的な問題は、個人の自己責任としての行動を批判することではないと思います。

もっと広い視点で、日本が行っている海上給油(アメリカとの軍事的連携)が、本当に世界の平和との各地域の人達の幸せに役立っているのかということを考えてみてください。

アフガニスタンやイラクで、米軍の武力行使によって死んでいった、戦闘員や非戦闘員の数は(意図的にせよ誤爆にせよ)、膨大ですよ。
09/29/08 10:55:32
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